いじめの定義

いじめと聞くと、どんなイメージでしょうか?集団で一人をいじめる。力の強いものが弱いものを一方的にいじめるなど辛辣なイメージがあります。テレビなどで報道されるいじめの件数では、小学校の低学年ほどいじめの件数が多く。高学年や中学生になると数は減っていきます。しかし、いじめによる自殺者は中学や小学校の高学年のほうが多いように思います。それはなぜだと思いますか?ここではいじめについての対応ではなく、その定義について述べたいと思います。

①いじめの件数はどうやって調べているのか

国が発表しているいじめの件数はどのように調査が行われているのでしょうか?生徒指導主事になるとやったことがあると思いますが、年に1回、文部科学省から調査がはいり、生徒指導主事が報告をあげています。その集計結果がテレビなどで報道されるのです。では生徒指導主事はどのようにその件数を報告しているのでしょうか?それは学校でおきるさまざまな問題行動を毎月、教育委員会へ報告しています。その中にいじめの項目があり、それを年度末に集計して報告をあげています。また、心のアンケートといって、嫌なことは無いか?悲しい思いをしている子はいないか?など子どもたちから直接聞き取りをして、いじめの早期発見に努めています。

②いじめの定義は改定され、対応もかわってきている

いじめには、力の強い者が弱い者をいじめるというイメージがあります。しかし、いじめの定義は何度か改定がされ、直近では平成25年に改定され、学校でのいじめの認知は変わってきました。詳しくは文部科科学省のホームページに載っているのですが、かなり難しい言い方をされています。法律に詳しい方が書かれた文書のように思いますので、若い先生かたにもわかりやすく例えて説明します。漫画で例えると、以前はドラえもんののび太君がそのイメージです。ジャイアンに一方的かつ日常的に暴力や精神的に嫌がらせをうけることをいじめとして定義されてきました。しかし、現在はそんな一方的なものだはなくてもいじめとしてとらえます。例えると、サザエさんのカツオ君と中島君が野球の試合をしていました。中島君のエラーで負けたてしまった時に、カツオ君が「中島のせいでで負けたんだぞ」と一度、言ったとします。それに傷ついて、嫌な思いを中島君がしたとします。すると、カツオ君は中島君をいじめたことになるのです。以前ならいじめとして認知されなかったものが、現在ではいじめになるのです。ですから、いじめの認知件数が昔よりある時期を境に急激に増えたのです。

③小学校の方がいじめの件数が多い理由

いじめの定義が改定されたことで、小学校での認知件数が非常に多くなっています。特に低学年は多く報告がされています。定義の改定と認知件数の関係ですが、先ほど述べたように以前ではいじめだと認知されなかったものがいじめになります。ちょっと友達とトラブルがあり嫌な思いをした。いじめられたと感じた。この傾向は保護者にもあり、特に、低学年になればなるほど、ちょっとしたトラブルに保護者が出てきて、「いじめられています」というケースは多くあります。今は保護者がいじめられていますと言われると、これもいじめとして対応しています。しかし、高学年になると、子どもも大人もちょっとしたトラブルでいじめですということは減ってきます。おそらく精神的にも肉体的にも成長し、自分たちの力で解決したり、いじめではないと考えたりしてくるのだと考えます。4,5年生ぐらいから一部の子どもは反抗期を迎えます。以前ならなんでも学校のできごとを話していた子ども達も次第に言わなくなったりします。これが、高学年になるといじめの認知件数がへってくる要因ではないかと考えます。また、中学校生になるとその傾向は一層強くなると考えます。結果、統計データのように低学年では認知件巣が多く、次第に減っていく傾向があるのだと考えます。しかし、自殺者は中学生や高学年の子ども達の方が多いのはなぜでしょうか?認知件数はへるのですが、認知される中身はいじめとしては深刻な事案が多いのではないでしょうか?

④なぜこのように定義が変わってきたのか?

新しい定義になると、ちょっとしたトラブルも全ていじめとして数えることになってきます。でも、これぐらい教師は敏感に対応しなけらばならないのだと思います。改定された理由はあるはずです。詳しいことはわかりませんが、それぐらい重大な状況だということです。小さいトラブルも見過ごさずに対応し、子ども達が自殺する状況を作り出さないようにしてほしいという願いを感じます。

⑤いじめの認知と対応について

我々教師はいじめについては、敏感になって、対応しなければならないのですが、新しいいじめの定義での対応について少し注意することがあります。いじめにおける重大事案の場合はいじめ対策会議を立ち上げ、教育委員会へ報告し、場合よっては警察や弁護士など関係諸機関と連携し対応にあたります。詳しくは生徒指導提要をごらんください。ここでは、日常起きるトラブルについての対応について注意点を述べます。いじめの定義の改定は学校内や文部科学省の方ならば、この変更はわかっているのですが、多くの方はいじめの全ては重大事案で、子ども達がとても苦しんでいるもののようにとらえています。ですから、ちょっとしたトラブルもいじめだと教師側は思っても、保護者や子ども達はいじめという認識はありません。いくら定義は改定されたといっても、今でも世の中的にはいじめは悲惨で一方的に弱い者を攻撃することだと思われています。よく使われる例で説明します。学級委員が「授業中、一回は発表しましょう」と呼びかけたとします。勉強の苦手な子にとっては何を発表していいのかわかりません。でも、学級委員は何度も「手を挙げてください」と呼びかけます。勉強の苦手な子はこれが苦痛で「学校に行きたくない」といいだしました。これはいじめでしょうか?今の定義では精神的苦痛を感じているのでいじめは成立します。しかし、殆どの教師は学級委員を責めたりしません。「よくがんばってくれてありがとう。でも、勉強がよくわからない子もいるからあまり強く言わなくてもいいよ」と伝え、「君がやっていることはいじめだ」などと言いません。定義の変更は理解した上で、状況に応じて対応することが我々教師の役割だと思います。人間がやることなので、そこは考えて指導する必要があると思います。杓子定規にあるラインを決めて指導すればいいというものではないということです。

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